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更新日:2013年4月12日

尾母方言~ハ行~

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ア行 カ行 サ行 タ行 ナ行 マ行 ヤ行 ラ行 ワ行

徳之島尾母方言集

島口 標準語 用例・意味等
外の意。
ハグヮ=外妻の子。外子の意。
ハメグイ=外から回る。外を回る。
俚諺

内ねち 外奇麗(ハギュラハ)。
※家庭内では小言を言い乍人に対してはエビス顔をすること。

ハーケェ 歯欠け 歯並みが揃っていない。
ハーギシ=歯軋り。
ハーケェノータメ=歯欠けの醜い様子の卑称。ノータメの意義不詳だが、昭和14年頃まで、子供の語として使用した。
ハイ 方位を示す用語。
ハイヌカデ=南風
ハイモイ=南風の湿気の多い天候。4、5月頃の霧が低くかかってじめじめした天候。
クルバイ=黒南。天が雲で暗くなり悪天候となる3、4月の天候。一期作の田植が終わった頃の天候の称。
アラベ=荒南。長雨が晴れ上がり稲が開花する頃に吹く風のこと。文字が示すように強風が吹き荒れるので自花受粉には天の利と言えるかも知れないが、大雨が伴うと受粉状態が悪く、白穂になる場合がある。
民謡

うち北風(ネシカデ)ぐゎや 継母(マンマ)如(グト)に
真南(マハイ)風ぐゎや 吾母(ワンアマ)如(グト)に。

ハイ 流れ ミジヌハイ=水が流れて
ヘクハレ=早く帰れ、早く行け。
ハイ
縫針
釣針
家を葺く時に使う木の針。
シキシマクドキ=敷島口説。先島と解したら後生(グシュ)の島、即ちあの世に行く経過を歌った口説となり。縫針の穴から自分の故郷を見るとの一節がある。家葺針(ヤフキバイ)は硬い木質部の材料を使って作り、使うときは作業の安泰を祈願して、塩と酒で清め呪言を唱える。また、「ミヤゲフキ」の建築儀礼に使う米に針をこする行為もする。
俚諺

針(ハイ)や呑(ヌ)まらん。

ハイ
ヘキバイ=平均計の転訛か。計り、量り。10斤程度の重さを計る竿ばかり。昭和10年頃まで自作の秤があった。重りは自然石で木竿に印をつけて計測する仕組みであった。
ハイ 走る (舟が走る。)流れと同じ意味。
民謡

千里走(ハ)ゆる舟や 種油(タナ)引(シ)ちど走(ハ)るい
其処(ウマ)ぬ走いぐちや 煙(ケブシ)巻きゅじゃ。

ハイチンギ   走い包んびの義か。行く手を先回りすること。例えて犯人の逃げ道を先回りして捕える場合にハイチンジ捕えたという。
ハカメイ 墓参り メイは参りの訛り。葬式後の一週間は毎日のように線香、生花、茶水を持参して墓参りをする。その後は随時墓参りするが、特に死者の夢をみたら墓参り不足であるとして墓参りを適宜する。祖先祭年忌の日は墓参り後に家庭で祭祀が行われる。
ハカレ 計ひ
心の計ひ
物惜しみしないで気前よく張りこむこと。
ハカレムン=計い者、度胸者。勝負度胸のある者。

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ハガシ 外す
取り去る
糊付けしてある物をハガス。闘牛の勝負が決まらないような場合に、牛ハガチと言う。(引き分け。)
ハガマ 飯炊き釜 鍋の周囲に縁のある飯炊き用の釜。
ハギ 膝下の部分の名称。(脛)脚全体にはシネ(すね・臑)と区分されている。
ハギス チゲェチゲェヌ ヤーデ=膝、足首の関節が痛んで。
ハギ   建築用語で本家(フンド・本胴)に継足す部分のこと。
一(チュ)ハギとは半間、二(タ)ハギとは一間(6尺)外へ拡張すること。
マホロハギ=四角にハギを出すこと。
ハギョシ 継ぎ合わせる
剥ぎ合わせる
木と木を継ぎ合わせる。
ハグキ 歯肉 ハシシ=歯肉(シシ)。肉に関してはシシの項に詳記してある。
ハシシヌ ウカバテ=歯肉が腫れて。
バクロゥ 馬喰
家畜を売買する人
チュウバクデ=人を馬喰って。相場以上の高値で買わされ、経済的な損失を受けること。
ウヮーバクロゥ=豚売買人。かっての豚馬喰は、テル(竹製の籠)に子豚を入れて背負い村々や近隣の町村まで回った。重量の重い豚は籠の上に竹を並べて編み、その上に括りつけて背負うか牛のシキャシギ(引かし木)に積んで運んだものである。牛馬喰は手綱を引くだけで蝙蝠傘か麦稈帽子をかぶって村々で商いをした。牛は適当な草生地につなぐと草を食べ、夜間もそのまま野宿で過ごす。商談が成立すると、馬喰は祝金を拠出して成立祝いをした。彼等は仲間同志よく通じているので、商談事のほかに寝泊りを共にし島を股にかけて馬喰一代を築いたと言う。
ハゲィ 禿 毛髪の無い頭。
ハゲィウッカン=禿頭。ウッカンはオッカムに通じる。オッカムは祝女(ノロ)の上役階級であった。人体の重要部分を占める頭(ウッカン)と共通している。
タイワンハゲ=台湾坊主。日清戦争当時に出征兵士の間に脱毛症があったので斯く呼ぶのだと聞く。
ハゴー   毛嫌いや醜態を見た感情の表現。憎たらしい場合にも・・・・。ハグゲー、ハグゲッカーも同義。
ハシ 梯子
はしご
 

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ハシキャ 麻疹 病気の回復を祈願する意味と、疫病の流行、その災禍を恐れて神事をする。藁製のカシリを作って、患者の近くの三叉路に捨てる。ハシキャの悪疫は神がもたらすとの考えがあり、ハシキャタボラッテ(給った)と島人は言う。
ハシン 歯肉 歯の根部。シシの項参照。
ハジキリテ 恥を越して 恥の感情の域を過ぎて。徹底した挙動。
ハジバ 葉柴 葉のついた柴。薪の名称。
マチジバ=松柴、松の葉付きの薪。
ハジバダムン=葉の付いた薪。
ウドル=枯枝
ウドルダムン=枯枝薪。砂糖釜では勿論のこと、人家でも半ば枯れかかったハジバが燃料に使われ、チチ(筒・火吹竹)で散々に灰を吹き散らし、挙句の果は火種を吹き消してしまうこともよくあった。梅雨時の火の焚付は容易ではなかった。砂糖小屋では生(ナマ)葉柴を盤木(バンギ)にのせ、その余熱で乾燥しながら燃やした。
ハジマケィ 櫨負け 櫨の木に触れたり、近くを通ったり、櫨の木薪を燃やしたりすると、皮膚が痒くなり傷ができる。ひどい時は傷がもとで高熱を出すこともあって呪者に祓いをさせた。幼少の頃、櫨の枝を折って相手を追いかけたことを記憶している。
バシャ 芭蕉 バシャギン=芭蕉衣。古くは地機で織ったが改良機(高機)に変わった。慶弔の席にも芭蕉衣を晴衣として着た。
バシャヤマ=芭蕉山。古くは家敷内や畑の土手、山の空地に芭蕉を植栽し利用した。娘の結婚の際に芭蕉山をつけてやる習俗があった。バシャヤマは転じて娘の不器用の代名詞にも使われた。
ハタゴ 下宿
寄宿
今全く聞けなく死語に近い。
世間胸算用

「兵庫の旅宿(ハタゴ)屋町の者乗合ひけるが」とある。

ハチ
初物
チャンハチ=茶初、初物は祖先棚や火の神に供えてから食べる。
民謡

早(ヘ)く家(ヤ)戻(ムド)て茶沸かち茶付(チ)きれ
其(ウ)りがハチバチ 吾が来(チ)飲(ヌ)みゅんど。

ハチカー 恥ずかしい  
ハチグヮチウドイ 八月踊り 七月踊り、夏目踊り、浜踊り、千人踊りと部落によって呼称は違うが唄と踊りはやや共通している。浜下りの日は浜で踊り、そして部落でも踊り明かす。浜の無い部落では「ハモイン、ハモリン」と呼び同様に踊る。八月踊りは歌詞と踊りの違いにより、元唄「直富主」「西目」等23種以上もある。
直富(ナウトミ)主

直富主姿(シガタ)卑(イヤ)し者(ムン)ぐゎぬよ ハレ
歌うとち見らしば珍(ミジ)らさぬ御声(ミクイ)。
※直富主は姿はみにくいが、歌をうたわせると非常に秀れている。

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ハチケテ
はちきれる
外側の花弁が破れて中味があふれる様子。また、種子の表皮が破れること。表面に剥出した様子にもハチケテ、ハッケテと稱する。
マンマラハッケテ=馬の陽物を剥き出しにして。男性の陽物の先端が剥出すことにもマラハッケテと呼ぶ。
ハチコイ   体がいらいらする。穀類の芒が体につくといらいらする。麦や稲の調整のときハチコイ感情が湧く。
ハチゴゥ 八合
薄馬鹿
思慮分別の浅いこと。一升に二合不足する意だが、転じて思い切りのある者の称にも言う。ウーバッケ者と同義に考えられる。
ハチンサル 初申
初申祝
徳之島代官所記集成に「餅米ノ粉トカライモニテ、ヒキャゲヲ造リテ祝フ。ヒキャゲノ煮汁ハ牛馬ニモ飲マセズシテ、悪魔ノ足穢トテ門口ニ捨ツ。」ハチンシと呼ぶ部落もある。
ハテウチ 畑打ち
畑を耕すこと
島には方言を直訳した語が多い。叩く、耕す、撃つ、討つ等はすべて「ウッ」「ウチ」と直訳して話す。
ウチンクッシ=打ち殺す。など。
ハト 土鳩にまつわる昔話「ハトと鬼」がある。
昔あったそうだ(ダテテサ) 祖母と祖父と居ったそうだ(アングヮ ト ジィグヮ ト ウテテサ)
祖父が畑を耕していたら(ジィグヮ ガ ハテ ウチシュ タト) 鍬の先の方に(トングェグヮヌサキグヮナ)
鳩が止まったそうな、(ハトグロヌ トマテ テサ) 祖父が掴えようとしたが(ジィグヮ ガ ミンギュチャンテ)
掴まえられなかったそうな。(ミンガラ ダテ テーサ)
土塊を投げて殺そうとしたが殺せなかった。(インチャブルシ ナゲテ クッシュン チャンテ クッサランダ)
竹で竹鉄砲作って撃ったが駄目であった。(デーシ デーーテッポウチクテ ウッチャシガ ウタランダ)
真竹鉄砲を作って撃っても撃てなかったそうだ。(ガラテッポウ チクテ ウッチャシガ ウタラダテテーサ)
それから家に帰って(ウンカラ ヤ イジ) 鉄砲で打ったら一回で打てた。(テッポウ シ ウッチャット チュウムジャテテサ)
祖父は大変喜んで(ジィグヮ ホーラクナテ) 早速家に帰って(シグン ヤカチ ムドテ)
祖母よー(アングヮヨ)今日は素敵な馳走ができるよと鳩を渡したとさ。(キュウ ヤ マーカ ンキャキヌ サルンデ ハト ワタチテサ)
祖母が地炉で準備していたら(アングヮ ガ ジルナンテ ワーチュタット) 天井の穴から(テンジョウ スメカラ)
鬼が出てきて(ウニ ヌ イジテチー) 一切食わせ(チュウキリグヮカマセ) 二切り食わせ(ターキリ グヮカマセ) 今一切(ナ チュキリ)今一切(ナチュキリ)と食べた後(ナチュウキリ)と(ト)食べた後(カデゲン) 祖母が言うには(アングヮ ガ イチテサ) 少しは祖父の残して頂かねばならない言うと、(ナングヮ ジィガメ ノチュカ ダテカ オーメラルンデチイチャット)
鬼はお前共々に(ウニヤ ヤンバマジン)私に食べられるぞと意気まいたとさ。(ワンネカマランチ チ タタテキサ)
祖父が畑から帰って(ジィグヮ ガ ハテカラ ムドテチ) 馳走を請求すると(マーガムン ナングヮ イドチイチャット)
祖母は震えながら(アングヮ ヤ フイガチァナー) 事の次第を説明したとさ。(ナンタナムクト ハナチテサ)
此の話はこれで終わり。(クン ハナシヤ カッサヌ ムングワ)(徳之島町尾母で採集)
ハナ
賞品
賞金
祝金
角力、闘牛大会等の賞のこと。また建築の祝い金にも言う。
民謡

親二人前(ウヤ クーイ メ)から 出(イ)じららぬ時や
小便(シバイ)しが名付(ナチ)けて 出(イ)じて居参(イモ)れ
小便(シバイ)が名付(ナチ)けて 出じららぬ時や
我が呉(クイー)りた(タ)呉りたハナ 我(ワン)ね戻(ムド)せ。

ハナアガテ 鼻上がって
自慢する
図に乗って、いい気になって。
ハナアガイムン=誇張者
ハナアガテ=花上がって、植物の花軸が立つこと。
アガテは別の意味に使われることもある。例えて鶏が寝倉に帰らなくなり行方不明になった場合はトイヌアガテと呼ぶ。
ハナゥ 鼻緒 正月下駄の鼻緒は、藁や棕櫚の三つ編みした綱にシリ(摺り)を加えて作った。肉摺りを防ぐため、布を入れて作った。昭和14年頃までは正月下駄は自家製がほとんどで、12月25日頃前後には夜業(ヨナベ)が続いたものである。
ハナグメ   祭礼に使った米。
ハナウガミ=祭礼のこと。建築儀礼としえハナウガミの神事がある。地鎮祭の式典。古くのこと「シイドシ」(吉年)を呪者に伺ってから建築を始めた。呪者の祭祀用に使う米にも言う。

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ハナグリ ふざける
冗談
ハナグリムン=冗談者
ハナグリッテムン=容易にやすやすと
ハナシキ 風邪
かぜひき
鼻汁引きの意か。病気の別称。病人の見舞の挨拶にハナシキグヮシーモレルイ(病人を慰める表現)とする。
ハナハチキ   鼻弾きの意。強く鼻を刺激する漬物を食べた時の様子。青蜜柑の酢酸を含む酸味ある調味料を食べた時の様子。生の大根はハナハチチ食べられないのように使う。
ハナダイ 鼻垂
鼻汁
ハナダイタリムン=鼻垂者、相手の卑称。筆者の幼少の頃、冬になっても保温用の着物がなかったため、鼻汁を垂らしては吸うハナシルピストンを誇ったものである。着物や洋服の袖がハンカチ代りで鼻汁を拭いたので、糊で固まり非衛生的であった。
ハナメィッタ 鼻読み 鼻濁音の類。ハミングな音。蓄膿症障害の一つであったろうか。
ハネムシ 白蟻の成虫 羽根っで飛び交うことから羽根虫と称する。梅雨の終わり頃の晴天に一斉に飛び交うようである。
ババド 嫌ど ババドボン=可哀相にね坊や。
民謡

嫌(ババ)ど 嫌(ババ)ど 嫌(ババ)ど 財産(タカ)持(ム)ちぐゎや嫌(ババ)どよ
昼食(アセ)ぐゎ食(コ)てよ 田かち入りぬあぐでぃよ。

ハビル 幅広 水田耕作用の幅の広い鍬のこと。湿田で牛耕ができない田や畔を払うのに使う農具。
ハビィル 蝶類のうちハビィルは、色が茶褐色で区別されていて神聖化されていた。幼児の命名式の儀礼には衣の背部にハビィル型の布を縫い付けたり、88才祝いの際に白髪を縫いこむなどの習俗があった。家の中にハビィルが迷い込むと果報をもたらすとも言う。
”トリマデ”(鳥迷い)は逆に忌み嫌われている。
ハブキ 鳥類の羽根のこと

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ハーマ
甘蔗の下葉
ハカマの転訛か。
ハーマチブイ=下葉の束。テブイはタバネル、タバの訛りであろう。一束、二束と数単位を示す。自家製糖の夜業では、ハーマテブイと甘蔗(ウギン)絞(カラ)り粕を燃料用として、数十束を準備した。下葉は軽いのでやがて様々な表現に利用された。
ハーマテブイ ネシュムン(軽い意・小馬鹿にした表現)とか、ハーマテム(火種がすぐ燃え消える)とか、乾燥しやすく燃え易いので、消費のバロメーター用語ともなっている。
”ハーマテブイネシ ナゲラッテ”(下葉の束の如くに軽々と投げとばされた。(角力用語)
ハマ メーバマ=前浜。亀津南区の浜。現在埋立地。明治21年東仮屋に尋常科、同24年本仮屋に高等科、同28年に現在の丸八食堂の裏に尋常科移転、同31年蔵越に高等科移転、同43年両校併置となり、現在敷地に新築移転。此の間運動場は前浜を使用したとのこと。中区の長浜は、かって闘牛会場、町の運動会、全島角力大会場、八月踊り場であったが昭和45年度に埋立てられ現在住宅地に移り変りつつある。明治の頃、亀津港に大瀬川の土砂が流れ込むため、この防止策として川下に”シガラ”(木と竹の垣)を築き水流の方向を南浜に変えた。しかし大雨の度に人工堤防は決潰したと言う。
ハマイ 励む
一生懸命になる
気ばる
ハマイドムト=忍耐強く頑張るが勝の意。
俚諺にも”トビキリユカ ハマイドムト”との教訓がある。
ハマウリ 浜下り お盆や十五夜と並んで徳之島を代表する夏期の三大行事で、日取りは「火つけて下りて、土踏で上る。」の通り、丁(ヒノト)の日に下って戊(ツチノエ)の日に上る。初日は浜に小屋を造る。筆者は実地に小屋を巡回して聞き書きをしたことがある。井之川45、諸田6、徳和瀬9、(昭和45年)の小屋集団があった。二日は下り祝い、新子祝い、墓参りを中心に行なうが、古くは炊事用具一式と寝泊り用具を持って浜に下りた。浜では釜マチリ、供食、浜踊り、角力などの神事があった。三日目は上り祝いがある。部落では各家々を踊り回り歩いた。井之川では前記の小屋集団(血族集団)を解いて、三つの小字団体に分かれてそれぞれ夜を徹して踊り明かし、明朝10時頃に終わる。”ハマウリ”の由来についての定説は、小屋集団や個人によっても違う。祖先祭・豊作感謝予祝祭・一家の安泰祈願などの要素があるように思う。(全集団の釜祀りの詞を総合した結果)。
ハヤシケ 徳利
銚子
かんびん
酒の容器
ハヤマ 早馬 ハヤマトゥシ=早馬倒し。呪言によって相手の走馬を倒したとの伝えがある。伊仙町犬田布上穴川の某氏は西目間切(今の天城町)に所用で行く途中、馬もろとも転倒させられた。それは呪術のせいであったので、早速「返し口」を言うと、馬は忽ち跳び起きると同時に相手方の農夫4、5人は作業場に倒れ身動きできなくなったと言う。犬田布では”ハリマドーシ”と伝えている。(徳之島採集手帖第6号〔51〕(1)(2)に拙稿がある。)
ハラ ナーバラ=中柱。ミヤゲバンを炊く米を中柱に吊しておき、夕刻に飯を炊いて神事をする。結婚式の嫁の座、命名祝いの赤児の座にもなる。
シンバラ=隅柱。ミヤゲフキ神事はシンバラにミヤゲバンかその汁をふきつける。
マタバラヤドイ=股柱小屋。新婚者が分家する時、本家からもらう家屋。壁は茅と竹を編んだ材料でつくる。作場の作業小屋(ヤドイ)と殆んど変わらない。
ハラ 竹籠 米の調整に使う器具。米と糠を分別する器具。摺臼(シルシ)で籾を摺り、臼で搗いた時代は、ハラは生活必需品であったが今日はその需要も大きく変わった。
ハリテ 晴れて アミィヌ ハリテ=雨が止んだ。梅雨が晴れ終わることには”アガテ”と言う。
ハリテ 腫れて チィヌハリテ=乳房が腫れて。

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ハル 畑、農作場。耕地のある原。
ハルグマイ=畑籠り。作場に住みつく。製糖期間と農繁期はハルグマイして農耕に従事した。
民謡

野原(ハル)教(カタ)りち言ちゃんて 野原は(ハルヌ)教えられない(カタイナユメ)
手指笛(テアンブイ)吹(フ)ちか 吾(ワン)ち思(ウモ)りよ。

ハルビ 腹帯 ハラオビの転。牛馬の鞍を胴に括りつけるために腹帯を使う。ハルビの締め方は要領よく引き鞍木後方に独特の結び方がある。ハルビが弱まると担い荷が重い場合、鞍は不安定になり、荷は落ち、背に傷を負うことになる。同じ役目はマイシンギャ(尻帯)、クンギャ(前帯)もする。転じて人の帯にもハルビと言う場合もある。
前原口説

一(チュ)跳(ハ)ね、跳ねれば腹帯締(ハルビジメ)
二(タ)跳ね、跳ねれば水(ミジ)くんまで
三跳ね、跳ねれば牛ぬ鼻
四跳ね、跳ねれば跳ね退けて。

ハルワァ 蟋蟀
こおろぎ
原豚
 
ハレ 脂肪 植物の油にはハレと言わない。張れ、張るの転か、太るに通じ、ハレワタ=脂肪太り。正月豚のハレは全部脂を絞り亀壺に入れて、一年間使った。従って赤肉よりもハレが多い程良とされていたが、今日豚の脂肪は買い手がなく、豚の飼料にしかならないとか。
ハレ 祓い 占者、神職、物識り等が、悪疫魔霊を祓う。新築工事の起工、災難事故などの時に祓いの神事を行なう。
災禍の原因に
(1)船木の家敷内持ち込みとこれの利用
(2)柱木の逆立て
(3)神の拝み不足
(4)崇りのある石の埋没
(5)三角屋敷で石敢当を設置してない。
等があげられ、呪者の祓いを言い渡すと、その神事には四足の動物供養を命ずる。又相当の費用も支払わねばならない。
ハロジ 親類 腹氏か。「はらから」との縁語か。
ハンギィテ 背負って 荷物や負債を背負うこと。
クヮハンギィベン=子守役
ハンクゲテ 倒れて 滑り転んで。財を傾ける。倒産して。失敗。
アンマイ ウーカマジスンチ ハンクゲテ=身分不相応(大規模な計画)な仕事で失敗した。
ハンジキャ 針突 今日の入墨。針突師がいて職業とし、その技量によって一升突、二升突(米の手間)の名称と、図柄が決まっていた。針突はほとんどの女性がこれを手の甲にし、その模様は、風車や竹の節を大きく組み合わせたものや、三角組み合わせ式等が多いと云う。大きさは大島本島と比べて小さく、沖永良部、与論と同一系統と言われる。
入墨の動機は
(1)社会的習慣
(2)装飾
(3)結婚
(4)尊敬を受ける
(5)忍従の精神養成
(6)極楽往生を願う
(7)流行病予防
(8)悪魔祓い
(9)女性成人の表徴
(10)結婚後の貞節を表徴する
(11)感謝の表徴
(12)長寿祈願
(13)琉球王の命令
(14)沖縄より流行
(15)好奇心
等あげている。
民謡

夫(ウト)欲(フ)さやくねらるしが
綾針突(アヤハンヂキ)や命まぎり

「奄美大島婦人の入墨研究-附入墨の図・昭和11年・鹿児島県立大島中学校発行」の文献があり、詳細な報告をしている。
ハンジテ 出て 張ん出ての意か。食(ハミ)出す、食出ると同義語。
ワタハンジャチ=腹を衣から外に出す。
民謡

欲(アツタラ)さぬ鳥賊(イキャビ)引ぐゎぬ潮時(シュトキ)や張出(ハンジ)たが
如何(イキャ)すんが二才(ネセ)ぐゎ 漕(ク)げよ二才ぐゎ
引(シ)きよ二才、引き二才よ二才ぐゎ漕げよ二才ぐゎ。

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ハンメ 飯米 食料の義。
ネーサルバンメ=朝食用の飯米。
ネーサルブイ=朝食用に畑で芋を掘ってくること。
正月飯米、ナチギャイ=夏枯(端境期)飯米。
チュックェバンメ=一食飯米
ハンシャレ 祖母
老女
ウッカンハンシャリ=頭老女、祝女の卑称。
徳之島町金見の中村義照氏の四代の祖先もノロ(祝女)の神職にあって、階級はウッカム級であった。その為”ウッカンハンシャレ”と呼び伝えられている。(ウッカンの項に詳記あり。)
ハンシン 蕃薯(中国式読み方か)
甘藷
ハンジン、ヤン、トンとも呼ぶ。
ハンシンバン=甘藷飯。昭和14年頃までは甘藷の皮をむき、煮てから塩を加えて練って食べた。米は一粒も加えない。従って粗食の類であったことから、転じて低能、勉強の成績が悪い者の称。
ハンシンバンウッカン=低能頭
ハンシンクデ=芋を入れる籠。煮立ての芋を竹籠に入れて出すと周囲から各々これを取って味噌汁とかてて食べた。米の物は一杯かそれとも皆無の場合もあった。
ウン=田芋、里芋。「里芋は芋の王であったが、薩摩芋が移入されてから座をうばわれ、里の字をつけて遠慮した。」この説は久保けんお著・南日本民謡曲集29Pの記録による。
バンジョウガネ 番匠金
曲尺
大工用具の一つ。融通の利かない人の称。考え方、行ないが着実で一方的な型の称。
ハンタ 絶壁
段状になっている地形。現在はハンタになっていなくても、ある時代に佳名された地名が残っていることもある。本土では奈良時代に記録地名が出現したのに、徳之島では17世紀とおくれて地名がつけられている。
ハントカ 半馬鹿 トーカ=能無し者。
ハントチ 抛落ち
落した
 
ハンナゲテ 捨てる
投げ捨てる
落す
この島では「捨てる」と「落し物」の厳密な使い分けがない。
ハンナゲムン=世捨て者。世間の人から相手にされない者。卑称。
ハンナゲウイ=投げ売り

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お問い合わせ

所属課室:社会教育課郷土資料館

鹿児島県大島郡徳之島町亀津2918番地

電話番号:0997-82-2908

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