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読み方 | くしばか |
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史跡区分 | 史跡 |
所在集落 | 徳之島町諸田 |
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この伝承は琉球王朝時代の出来事と伝えられていますから、今からおよそ400年余りも前のことと思われます。
その頃の神嶺(しんれい)地区は、ワシサーキリメザシ(徳和瀬(とくわせ))、シュダネータラカンジャク(諸田(しょだ))、カンニンウシシギャ(神之嶺(かみのみね))という豪勇たちによってそれぞれ治められていました。中でもネータラはその名のとおりカンジャク(鉄の鍛治)の技術を持っており、勢力があり、武芸にも優れていました。しかも、薩摩からやってきたヤマトシラナミという旅の武芸者と試合をして打ち負かしたことから、ネータラの名は広く知れ渡っていました。しかし一方で、カンニンウシシギャとは水の問題で折り合いが悪く、互いに反目しあう仲でした。
そんなある日、ネータラは早朝のカンニンイジュン(泉)に水を飲みに行きました。それを知ったウシシギャはヤマトシラナミと謀って、泉の上に繁るガジュマルに身を隠し、水を飲んでいるネータラを不意打ちしたのです。死期を悟ったネータラは、下の川から石を拾い、それを担いでおよそ1kmも離れた森にたどり着き、そこを自分の墓場と定めました。そこがこのクシ墓です。このときネータラの担いできた自然石がそのまま墓石となり、現在に受け継がれています。
以上がクシ墓の由来を語る伝承ですが、他にもいろいろ異説がある事も付け加えておきます。このクシ墓は古い時代の英雄物語と共に、墓の歴史を今に伝えるたいへん貴重な文化財です。
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